テーマ:陣屋

一柳家陣屋遺跡(小野藩陣屋跡) 2012年3月29日

小野市にある一柳家陣屋は外様小藩の小野藩主一柳氏が10代(約230年間)に亘って在封した陣屋である。 近世 寛永13年(1636)一柳直家は父直盛の遺領2万8.600石が与えられ、陣屋を敷地村に置いた。同19年直家は急死、翌年養子の直次に1万石で相続され、小野藩を立藩した。承応2年(1653)直次は要害の地、景勝の地に陣屋を構築…
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舊丹南藩主髙木主水正陣屋址 2012年3月15日

河内松原市にある丹南藩陣屋は譜代小藩の丹南藩主高木氏が13代(約250年間)に亘って在封した陣屋である。 近世 元和9年(1623)高木正次が陣屋を置き、1万石で立藩した。寛永10年(1633)2代正成は3千石の加増を受け、1万3千石となるが、3代正弘は2人の弟に分与したため、以降再び1万石となった。 近代 明治4年(1…
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柏原藩陣屋跡 2012年1月13日

丹波市にある柏原藩陣屋は外様小藩の柏原藩主織田氏が10代に亘って(約180年間)に亘って在藩した藩庁である。 近世 慶長3年(1598)織田信包が3万6千石で入封した。慶安3年(1650)信勝が没し、家督を継ぐ者がいないため、除封され、幕府領になった。しかし、元和8年(1695)信長の二男信雄の玄孫の信休が大和松山から2万石で入…
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京都二条観光 2011年7月16日

二条周辺にある史跡、二條陣屋・妙顕寺城・旧二條城へ行ってきました。 地下鉄二条城前駅下車 二條陣屋は小川千橘が米穀商・両替商を営み、住居とした。二条城や京都所司代に仕える中小大名の陣屋、京都町奉行所の公家宿としても利用された。 近世 寛文10年(1670)小川家により、創建された。 近代 昭和19年(1944…
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西代藩陣屋跡遺跡 2011年6月26日

河内長野市にある西代藩陣屋は譜代小藩の西代藩主本多氏が2代(約20年間)に亘って在封した。 近世 膳所藩主本多康将の子忠垣に1万石が分与され、陣屋を設けて立藩した。享保17年(1732)忠垣の子忠統が伊勢神戸に移封したため、廃藩になった。 現代 平成元年(1889)模擬陣屋門が長野小学校正門に完成した。 南海・近鉄…
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堅田藩陣屋跡 2011年5月21日

大津市にある堅田藩陣屋は譜代小藩の堅田藩主堀田氏が6代(約130年間)に亘って在封した政庁である。 近世 元禄11年(1698)下野国佐野から堀田正高が転封し、陣屋を構えて1万石で立藩した。寛政2年(1790)正敦が若年寄に加わり、湯島聖堂再建の副奉行を務めた功績により、文化3年(1806)上野国から3千石の加増を受けた。同9年…
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大溝城(陣屋)跡 2011年5月21日

高島市にある大溝城(陣屋)は外様小藩の大溝藩主の分部氏が12代(約250年間)にわたって居城した水城である。高島は安土城対岸の戦略上の重要地、湖西唯一の陣屋町で琵琶湖の入江であった洞海(乙女ヶ池)に築かれた。 分部氏時代の藩領は高島・野洲の2郡内に2万石を領した。 大溝城 近世 天正6年(1578)織田信澄が近江新庄から当城…
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柳生城(陣屋)跡 2010年12月23日

奈良市にある柳生城は柳生氏が標高318メートルの古城山を本拠にした。陣屋には、譜代極小藩の柳生藩主柳生氏が12代(約230年間)に亘って滞在した。 近世 寛永13年(1636)宗矩が1万2千5百石で立藩し、同19年陣屋を建築した。正保3年(1646)宗矩の没後、所領は三分し、一時は廃藩となったが、寛文8年(1668)弟の宗冬に長…
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平野氏陣屋跡 2010年11月27日

田原本町にある平野氏陣屋は平野氏が10代(約280年間)に亘って領地にした極小藩の陣屋である。田原本は中和地方の中心にあり、中街道や寺川など水陸交通を利用した物資の集散地であった。 近世 文禄4年(1595)賤ヶ岳七本槍の一人として活躍した平野長泰は、豊臣秀吉から5千石の領地を与えられた。慶安元年(1648)平野長勝が陣屋を築造…
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多賀氏陣屋跡 2010年11月23日

橿原市にある多賀氏陣屋は、江戸時代初期に旗本多賀氏が2千石で陣屋を構えて本拠にした。江戸に住まいを移してからは、年貢徴収や領地統制など支配するため、家臣を配して事務所としての機能を果たした。 近鉄大和八木駅下車 曽我町陣屋会館前にある石碑です。(平成9年12月) 陣屋池跡です。
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桜井市観光 2010年11月23日

卑弥呼の墓伝説である箸墓古墳~芝陣屋跡~三輪の大鳥居へ行って来ました。 JR巻向駅下車 南へ歩いて10分ほどで箸墓古墳に着きます。 芝陣屋は外様極小藩の戒重織田氏5代が(約130年間)に亘って暮らしていた。 近世 寛保2年(1744)戒重藩陣屋が藩領最南端にあり、年貢の徴収も不便であったため、7代藩主輔宣が陣屋…
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櫛羅陣屋 2010年9月10日

御所市にある櫛羅陣屋(城跡)は越智方の国民倶尸羅氏の本拠である。譜代極小藩の櫛羅藩主永井氏が2代(約9年間)に亘って居城した。 中世 文明7年(1475)越智・古市両氏が軍勢を城に入れ、筒井方の楢原氏を攻略して倶尸羅氏の勢力は伸張した。 近代 文久3年(1863)永井直壮が陣屋を設け、城下町を形成した。明治4年(1871…
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